クオリアとは、脳が主観的に感じる「質感」のことをいいます。 例えば、リンゴをみたときに赤いと感じますよね。その赤さがクオリアです。
物理的にいえば、リンゴを見るというのは、赤色に相当する波長の光が目に入り電気化学的な信号として脳に到達することです。 しかし、このようにいくら物理的に考えても、我々が感じているリンゴの赤さがなぜ生じるのかは説明できません。
なぜならば、それはあくまで原子や分子が物理法則に従って運動をしているというだけのことだからです。 それなのに、なぜ我々はリンゴは赤いということを感じるのかは説明できないでしょう?
クオリアは現代科学では解明されていないどころか、今後も解明できる可能性は極めて低い難題です。 なぜならば、脳内の神経細胞の分子や原子の位置や運動を正確に調べることができたとしても、そこにクオリアを発見することなんてできないからです。
クオリアは主観的に生じるものであり、いくら脳内にメスをいれてもクオリアなんてものはでてこないんです。 分子や原子の位置や運動を知ることと、クオリアを知ることは全く別次元の話なのです。
スポンサードリンク
クオリアは主観的に生じるものです。 したがって、あなたが感じているクオリアを私が感じることは絶対にできません。
そこで生じる疑問は、私が感じるクオリアとあなたが感じるクオリアは全く別のものかもしれないということ。 私が見ているリンゴの赤さとあなたが見ているリンゴの赤さは違うかもしれないのです。 あなたに見えている赤は私にとっての青かもしれません。
しかし、仮に私とあなたで、リンゴを見たときに全く別なクオリアが生じていたとしても、それを確かめる術はありません。 なぜならば、私があなたのクオリアを感じることも、あなたが私のクオリアを感じることも絶対にできないからです。
誰もが一度は想像したことがあると思います。 自分以外には全く別の世界が見えているんじゃないかって。
クオリアは脳内の物理的な活動に伴って生じるものであり、 クオリアが脳の神経細胞に何らかの影響を及ぼすことはないという説をクオリアの随伴現象説といいます。
つまり、脳内の神経細胞がある物理的な反応を起こしたときにモヤモヤっとクオリアが生じ、それは神経細胞に対して物理的な影響を及ぼすことはないという考え方です。 私自身はこの説を支持しています。 支持する理由は直感的にそう感じるからとしか言えません。
クオリアは脳内の神経細胞がある物理的な反応をしたときに生じるものだと私は考えています。 ここで、クオリアを"意識"に置き換えてもいいでしょう。
脳の神経細胞は、物理的にはただの分子や原子です。 つまり、分子や原子がある反応をおこすとクオリアが生じるのです。 (という前提です)
だとすれば、それって脳の神経細胞だけに生じているとは限らないといえるのではないでしょうか。 脳細胞特有の物理的反応だけがクオリアを発生しているという根拠はどこにもありません。
植物や水や空気、椅子や机、家や電柱にもクオリアが生じているということも考えられるのではないかと思います。 椅子や机には筋肉も運動神経も存在しないので、口を利かないだけかもしれません。
しかし、おそらく、多くの人は直感的にそのようには思わないでしょう。 植物ならまだしも、椅子や机がクオリアを感じているだなんていうとカルト宗教だと思われてしまうかもしれません。
しかし、それを否定することは絶対にできません。 なぜならば、自分以外のクオリアを感じることは絶対に不可能だからです。
スポンサードリンク